おやじ焼き、その正体。

Photo: "おやじ焼き"
Photo: “おやじ焼き” Contax i4R, Carl Zeiss Tessar T* F2.8/6.5.

「おやじ焼きって何だよ」という謎に、ついに答えが出るときがきた。

地元コーディネーターの協力を得て(「ん、ああ、おやじ焼きね。帰りに食べていきます?」)、その店内に侵入した。店のおばちゃんは、やたらにフレンドリー。というか、コーディネーターと、「どう最近」みたいな会話をしている。コーディネーターは常連なのだろうか、いや、大阪だけに初対面でもこれぐらいの会話はしてしまうかもしれない。


では、さっそくおやじ焼きを。

解説するとおやじ焼きは、たこ焼きの上にウズラの卵の目玉焼きが載ってる。そんな細かいもの作れないだろと思うのだが、実に、ちゃんと目玉焼きが載っている。んで、その様が「目玉のオヤジ」に似ているから、おやじ焼きだと!オヤジのためのつまみ焼でもなければ、オヤジのみじん切りが入っているわけでもない。しかしそのネーミングの駄洒落っぷりが、オヤジとも言える。そういう素敵なメニューであった。

味は、、大阪的な中身のトロリとしたたこ焼きに、卵味がまざって、相当こってりしている。これはウマイのではないかと思う、4つぐらい食える。(4皿ではない)

通天閣

Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38
Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38

通天閣は、独特だった。つまり、それは流行らないデパートの屋上のようであり、くたびれた東京タワーのようであり、そして、結局はそのどれにも似ていなかった。

通天閣から見下ろすくすんだ町並には、下町の猥雑さと日常の倦怠が同居し、およそ観光地らしからぬ佇まいを見せていた。


もちろん、通天閣というのは大阪で著名な観光地だ。だから、平日の午後4時過ぎという妙な時間に行ったにもかかわらず、展望台に向かうエレベータには行列が出来ていた。(休日は1時間以上の待ち時間になる)

行列に並んでいると、妙な人たちが目に入った。エレベーターを待つフロアで、何人もの人がひたすらテレビを見ている。工場労働者風のおっさんとか、 買い物途中のおばちゃんとか、そんな感じの人たち。彼らは別にエレベーターを待っているのではない。フロアの真ん中に据えられたテレビを、ひたすら見てい る。

そのテレビのチャンネル主導権は、リモコンを持った切符売り場のおっさんにあるらしかった。彼は観衆の嗜好などお構いなしに、あちこちチャンネルを 変えた。コロコロ変わる画面を、その恐ろしく暇そうな聴衆がじっと見ていた。(ちなみに、この待合いゾーンみたいなところまでは、入場料無料)


ようやくたどり着いた展望台から、薄曇りの市街を見下ろしていると、なんか看板がこっちを向いている。なんだあれは、ラブホテルの看板が、天空に向けて設置されている。

通天閣展望台狙いのピンポイント広告か、、。

淀川

Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film
Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

鉄橋が幾重にも架かる川。重なり合った鋼材の遙か彼方に、弱々しい太陽の光が沈む。車窓から眺める景色は冷たい藍に染まり、やがて色を失った。


大阪の風景に、僕はどこか昔の日本を見る。窓から見えた、鉄骨の林。その冷たい生々しさに、揺さぶられる。

ブラックレイン

Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film
Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

映画の中の、忘れられない風景。僕にとってリドリー・スコット監督の「ブラック・レイン」に出てくる大阪はその一つだ。(ブラック・レインの日本ロケは大阪を中心に行われている)

ブラックレインの中で、若山富三郎演じるヤクザの親分が、マイケル・ダグラス演じるニューヨーク市警の刑事に、こんな風に言うシーンがある。「3日 たって、防空壕を出ると街は消えていた。炎は、雨を呼んだ。黒い、雨だ。そして、貴様らは我々に貴様らの価値観を押し付け、俺達から文化も伝統も奪った」

日本人の内面は、敗戦前と敗戦後では、おそらく大きく変化した。価値観は断絶し、日本国民という形での、アイデンティティーを持てなくなった。そして、勝利者の価値観がもたらす富と力に二度目の敗北を喫した。


こんな風に書いておいて、おかしな話だが、大阪の街を歩いていると、その「敗北感」をあまり感じない。アメ公?なんじゃ、そないなもん。西欧文化に 対する、妙なへりくだりが無い。東京だったら、負けてなんとなく「しゅん」としてしまうところなのだろうが、きっと大阪の気質はそんな態度を許さなかった だろう。はっきり言ってスマートではないし、洗練されてもいないけれど、一本筋は通っている。

旧日本軍というと、すぐに玉砕とかそういうイメージがあるけれど、関西方面からの部隊の死傷率は、関東のそれにくらべて低かったらしい。お国のため?アホか。そんな感じだったのかも。