ビリヤニ原理主義

Photo: “Mutton biryani at SAHIFA KEBAB & BIRYANI in Roppongi.”
Photo: “Mutton biryani at SAHIFA KEBAB & BIRYANI.” 2019. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

東京で一番うまいビリヤニが有る、そう言われてインド人に連れてこられた。それが、この店の最初だ。
六本木駅から、ミッドタウンに向かう道すがら、こんな所にインド料理屋が有るなんて思いもよらない、そんな場所にある。

ビリヤニは、恐ろしく面倒な料理で(一度自分で作って二度と作らないと心に誓った)、出す曜日が限られる店や予約限定、そもそもビリヤニをやっていない店も多い。しかし、この店の名物はビリヤニであり、予約無しでいつでも注文することができる。チキン、マトン、ベジタリアン、個人的にはマトンが我々のビリヤニ像に対する期待値に近い。量は、とても多いので一人一皿は止めた方がいい。前菜は控えめに。ビールは1杯ぐらいにしておきたい。


出てきたビリヤニの見た目は、特に特徴が有るわけではなく、生タマネギが鎮座してぶっきらぼうな感じ。でも、一口食えば分かる。この店のビリヤニは、日本の他の店で食べるのと全然違う。誰かが言った感想、「土食ってるみたい」というのが、多分一番核心に触れている。

口に含んだ、一塊のビリヤニから、とんでもない量の情報が流れ込んでくる。基調を成しているのは、ホールのカルダモン。それに、シナモンを先頭に多種のスパイスが折り重なって、混ざり合う。融け合ってはいない、混ざっている。食べものから新しい情報を摂取する、という感覚に直面したとき、これが果たして食べものなのか、飢えを満たすために食べているものなのか、より高位の何かなのか判然としない感覚に包まれる。

美味いの?と訊かれて、美味しいです、と即答することは難しい。なぜなら、美味い、不味いという今までの尺度には絶対に並ばないタイプの食べものなのだ。凄い、というのが素直に出てくる感想。


それにしても、このビリヤニというものは、食べられる部分と食べられない部分(シナモンの木とか)が混在していて、とても食べ辛い、何故だ。と思えば、インド人が実演する手で食べるやり方。なるほど、指で触ると可食部と不可食部がよく分かり、口に運ぶ前により分ける事ができる訳か。そして、下に敷いてあるバナナの葉は、その上で指を使って食べるときに、飯をうまく滑らせる効果が有るのだという。

量が多いので用心して頼んだマトンビリヤニ1皿ではどうにも足りない、で、ベジタリアンを追加。その味は、単にマトンビリヤニから肉を抜いた、という代物では無かった。野菜と、スパイスと、ギーでゼロから構築された全く別に料理になっている。しかも、肉が使われていない穏やかな味。驚くことに、こっちの方が「美味しい」という概念には近い気さえする。

とにかくこの料理については、未知な事は圧倒的に多く、そしてビリヤニがある種の中毒的な食べもので有ることは、こうして平成最後の記事を心穏やかに書いているにも関わらず、胃の腑からビリヤニを呼ぶ声がする事からも明らか。今日はやってないのかな。。

カレー部活動報告

A white dish at the Indian restaurant
Photo: "A white dish at the Indian restaurant" 2010. Tokyo, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

カレー部の部活があると言うことで、東京某所の南インド料理店に行く。つい最近まで、インド料理 = カレーぐらいの認識しかなかったのだが、ビリヤニの旨さに目覚めてから、実は他にもずいぶんといろいろな料理があることを知った。ドーサもサモサも、店や国によって色々だ。


とても印象的だったのは、参加者の一人が料理をサーブしてくれる店員に、いちいち

「ナマステ」

と現地の言葉でお礼を言っていた事だ。彼は、追加飲みで寄ったなんてことはない居酒屋の中国人店員にも

「シェイシェイニー」

とお礼を言っていた。


知っていても、なんか恥ずかしくてできないことなんだけど、店の人は嬉しそうだった。見習ったらいいかなぁ、と思いつつも、なかなか出来ない。せめて、外国では “Thank you”ではなくて現地の言葉で言うようにしている。

“Terima kasih”


そういえば、この店ではもう一つ驚くことがあった。一人がインドのウイスキー(インドにはウイスキーが有るのだ)を頼んだ。(恐らくは酒を飲まない)インド人ウエイターによれば、かなり強い酒らしい。飲み方を訊かれて

「ストレートで」

と頼んだ。

その時のウエイターの驚いた顔。僕は、まさにインド人もビックリという顔を、生まれて初めて見ることができたのである。

カレー食べ放題

Photo: Curry - free reffils 2010. Tokyo, Apple iPhone 3GS, F2.8/37.
Photo: “Curry – free refills ” 2010. Tokyo, Apple iPhone 3GS, F2.8/37.

その日、僕は昔勤めていた街に、久しぶりに足を向けた。昼には、昔良く行ったトンカツ屋に行こう、と決めていた。朝から仕事をして、昼が近づいてお腹が空いてくるにつれ、独特の衣のトンカツと、定食に付いてくる、ちょっと変わった漬け物の姿が、浮かんできた。昼、部屋ををそそくさと出ると、僕は冷たく細かい雨の中を、店の方角に歩き出した。街はあまりにも久しく、途中で一回道を間違えた。


いよいよ店が見えてくる。しかし、暖簾が収まるはずの場所には空白が。店の扉になにやら紙が貼ってあり、嫌な予感がする。幸い、店はまだ閉じられた訳ではなかった。ただ、真新しい張り紙によれば、もうランチの営業はしていないのだった。

まずい、これはまったく想定していなかった。腹が減っていて、雨が降っていて、トンカツを食べるはずが路頭に迷っている。こういう時、間違いなく僕の今日の昼飯は「外し」になる。避けようが無い。それは僕の経験からも、あらゆる食べ歩きの書物からも、明らかな真理だ。逃れられない、運命だ。


それでも、僕は無駄なあがきをすべく、無理矢理考えついた二番手の店に向かって歩き始める。

一番新しいネクタイを危険にさらすことは承知で、通り沿いの焼肉にしよう。とびきりうまいわけでもないが、リーズナブルで懐かしい。しょぼいワカメスープも、今なら美味しい。しかし、というかやはり、焼き肉屋は、意味不明なセンスの居酒屋に変わっていた。しかも、その居酒屋までもが店仕舞いしてい た。よろしい、これは想定の内だ。更に歩く。ちょっと遠いが、懐かしい中華料理屋で名物の湯麺を食べることにする。残業の途中でよく食べに行った。

床がヌルヌルして、厨房には下ごしらえで切られた野菜が笊に山盛りになっている。活気があって、台湾の下町のような匂いがする、、はずの店は、区画丸ごと、とびきり大きなタワーマンションになっていた。フロントにコンシェルジュ付き。

こうなれば、iPhoneに全てを託すしかない。食べログアプリを起動し、GPS周辺検索でランチトップに来た店に迷わず向うのだ。1位、中華料 理、ランチ平均予算2万円。無理。2位、カレー、ランチ平均予算千円。よし。ここにしよう。昔から店名だけは知っていたが、行ったことが無かった。


「お皿を取って、好きなだけ盛って下さい」

あまりの展開に、僕は業務用ジャーのご飯を大盛にし、巨大な豚タン入りのポークカレー(甘口)をかけていた。ポテトサラダを反射的に載せ、もやしの ナムルでバランスをとった。らっきょうを大量に追加した。なんだここは、カレーバイキングの店なのか?システムが分からない。席について、なにがなんだか 分からないまま、カレーを食べる。どんな状況でも、カレーはうまい。むしろ、カレーがまずいってのは、よほどのことだ。

直ぐに、左隣に二人連れのサラリーマンが座る。店を紹介したと思われる方の男は、太っている。

「ここは何度でもお代わりできるんですよ。xxなんか、いつも 4回はお代わりしますよ。僕はもう、ここ以外でカレーを食べる気がしないです。そうそう、xxなんか若いから沢山食べるんでしょう、いいと思いますよ、ここ」


うんざりだ。そう思った。カレー千円で食べ放題の店。おかずも盛り放題。お代わりし放題。それはつまり、デブまっしぐらではないか。まもなくして、 右隣にも、太った男が座る。太った男に挟まれてカウンターでカレー。まったくもって、うんざりだ。だいたい、俺は別にカレーなんて、食いたくなかったじゃないか。新しいネクタイにカレーって、最悪じゃないか。しかも、食べても食べても減らないのは、実は皿がとんでもなくでかいってことじゃないか。

しかし、もう遅い。空きっ腹をかかえて、冷たい雨の中を歩くよりは、食べ放題カレーでお腹が苦しい方が、いくらかは幸せなのだ、きっと。

左隣の男は、カレーのお代わりを盛りに行った。僕は大急ぎで残りを食べきって、外に出る。雨は止む気配は無く、しかしカレーのお陰で体は温かい。ネクタイも無事だった。満腹すぎるほど満腹だ。まあ、来年ぐらいに、もう一度食べに来てもいいか。