淀川

Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film
Photo: 2000. Osaka, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

鉄橋が幾重にも架かる川。重なり合った鋼材の遙か彼方に、弱々しい太陽の光が沈む。車窓から眺める景色は冷たい藍に染まり、やがて色を失った。


大阪の風景に、僕はどこか昔の日本を見る。窓から見えた、鉄骨の林。その冷たい生々しさに、揺さぶられる。

金かかってるなぁ

Photo: 2000. Suzuka, Japan, Nikon F100, SIGMA 100-500mm, Fuji-Film
Photo: 2000. Suzuka, Japan, Nikon F100, SIGMA 100-500mm, Fuji-Film

F1を見ていて思うのは、これって金かかってるなぁ。この一言に尽きる。

テレビで見るのではなく、実際にサーキットに行ってみると、F1というのは本当に大きなイベントなのだと感じる。それは、何万人もの観客を集めて行 う、秋の大運動会みたいなものだ。そして、決勝の日というのは、言ってみれば最後の競技種目、クラス対抗リレーみたいなものだ。


上空を見上げると、取材なのか観戦なのか、ヘリコプターがひっきりなしに飛んでいる。

早い話が、なんにも無いところから車をつくって、世界中を周りながら走らせるわけだ。きっと夢のように楽しくて(好きならね)、悪夢のようなプレッシャーのある仕事なのだろう。そして金もかかる。


そんな風にしてつくった車も、当たり前だが、止まる。

止まってしまった F1マシンはなにもできない。ロードクリアランスは極限まで低いから、グラベルで止まってしまったらなかなか抜けられない。レーシングカーには詳しくないのだが、多分、バックなんてろくにできないんじゃないかと思う。(そんなギアないのかも)

見せ場の最終コーナーで、マシンが止まった。マーシャルが押していく。止まったマシンに注意を払う観客はいない。それは、ただの障害物。

風呂

2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film
2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

カポーーン。風呂だ。

清潔なコンクリート製の壁づたいに少し歩くと、夜空が開けている。月明かりの下に、湯煙が上がっている。とくとくと湯船に満ちた湯を、ザーッとこぼしながら浸かる。

友達は既に上がってしまって、僕は一人きりで、湯に身をまかせていた。夜の川は、当たり前のことだけれど、休む素振りもなく、流れ続けていた。一人 きりで、じっと空を見つめると、生きていることの危うさと確かさみたいなものを感じる。微かな照明に誘われて、羽虫が飛んできて、湯船に落ちる。


地上から見る月の大きさというのは、せいぜい5円玉の穴ほどの大きさしかないのをご存じだろうか。もっと大きく感じているのは、実は人の錯覚。月は、人にとって最も親しい、夜の友人。だから、大きく見える。

月は、年々地球から遠ざかっている。45億年前、地球から20,000km、ロッシュ半径のぎりぎり外側に誕生した月は、今日、380,000km の彼方にある。そして、確実に地球から遠ざかり続けている。やがて、夜空に月が見えなくなる日が来る。むろん、人がその時まで存在しているのかは、甚だ疑 問だが。

夜中、カメラを星空に向けて、星空の撮影に挑戦。虫の大群に襲われた。自然の中での撮影というのは、やっぱり難しい、、。

意外とみんな月を見てる

書くネタがない、というネタで今日も引っ張っている全国の日記サイト管理者の皆さんこんにちは。羊ページです。


僕は、だいたい 20ヶ所ぐらいの日記サイトを日々読んでいる。やたら元気の良いサイトとか、やたら前向きなサイトとか、そういうものは読んでない。むしろ、だるだる的、 薄口的、主張しない的サイトが好みだ。で、そんな僕の好みはどうでもいいとして、それらのサイトを巡っていて最近思うのは、「意外とみんな月を見てるんだ なぁ」ということだ。

一昨日は満月だった。そのことを知ってしらずか、ここ数日、いろんな日記に、月が顔をだしている。作者によって表情の違う月が、いっぱい出てくる。

先週末、少なくとも都心から見る月は、いつもよりずっと明るく、眩しかった。そんな月を見ながら、「日々の忙しい中にも、心のゆとりを忘れてないよな、俺は。」とか思うわけだ。

でも、実は、みんな結構ちゃんと見ていた。で、いろいろ考えていた。そして、日記に書いていた。そう思うとなんか間抜けで、なんか微笑ましい。