幸運の神社と、夜の牛カツ

Beef cutlet.
Photo: “Beef cutlet.” 2015. Tokyo, Japan, Apple iPhone 5S.

昼飯の餃子定食は不味かった。ご飯が不味いって、久々に感じた。不味いのに腹だけ一杯になった。そんなやるせない気分を引きずったまま、晩飯を探そうとしている。

最近来ていなかった街に降りた。どこに向かって歩くか、この近所に立ち飲みがあったか、いや休みだ。ろくでもないワインバーがあったか、いや、面倒な客が多くてうんざりだ。

そうだ、おかかの美味しい立ち食い蕎麦屋があったっけ。ちょっと遠くて、10分ぐらいかかる。首都高の下を歩いて行く。初冬の雨上りで、湿度が高く、気温が低く、風が強い。とても不愉快な道。

俺は本当に、こんな道を歩いて蕎麦を食べに行きたいのか。いや、別に喰いたくない。唐突に、そうだ、神社に行こうと思った。このあたりにある、幸運の神社。


神社は小さいのだけれど、とても温かい雰囲気のある場所だった。正月には行列が出来るが、平日の夜、狭い境内には誰も居ない。柏手も小さく、静かにお祈りをして、直ぐに出た。ビジネスマンが入れ替わりに入ってきて、背中の向こうで鈴を鳴らしているのが聞こえた。

不思議と気分が軽くなって、そういえば腹が減っていることを思い出した。当てもなく飲み屋街の方に歩いていくと、牛カツの店にいきあたる。昼は来たことがあるが、一度夜に行ってみようと思って居た店。


客のまばらな店内には、昼よりもゆったりした空気が流れている。昼は大忙しで、きりっとした空気が流れているけれど、夜はちょっと違う。上がり際の店員が、自分用に持ち帰りのメンチカツなんかを揚げてもらったりしている。

少し迷って、牛カツとビールを頼んだ。潔く瓶ビールというのがいい。揚げ物をつまみに日本酒をやっている年配のサラリーマン、黙々とカツとご飯を口に運んでいるサラリーマン。交わす言葉も少なく、慣れた感じでメンチカツにかじりつく二人組のサラリーマン。見事に、サラリーマン。

牛カツは目の前でパン粉を付けられ、ラードでさっと揚げられる。キャベツとマカロニサラダを添えて、あっという間にやってきた。

ご飯が美味しい。少し柔らかい炊きあがりが、洋食屋さんのご飯だ。カツは少し厚めで、いつも思うが、火の通し方が凄い。前歯で噛み切れる柔らかさ。きちんとした練り辛子と中濃ソースでたべると、しみじみと美味しい。手作りのマカロニサラダもビールによく合う。


付け合わせのキャベツが少し固いな、と思ったら、厨房では「今度のキャベツが固いのよねぇ」なんていう話をしているよ。カウンターの短辺から、厨房の様子がよく見える。明日の仕込みなのか、きちんとした固まりのバターを切り分けている。

僕の後に入って来たお客で、今日はカンバン。彼が頼んだポークソテーは初めて見たが、見事な厚さのロースで、まさに「そういうのも有るのか」と言いたくなるようなものだった。なにせ牛カツ屋、なかなか他のメニューは頼まないのだが、次は、ポークソテーを食べてみようと思う。

香港2011年

Nathan Road, Hong Kong
Photo: “Nathan Road” 2011. Hong Kong, Apple iPhone 3GS, F2.8/37.

香港便。結局、退屈しきったので、PCを取り出して、文章を打ち始めた。

香港。それが中国という意味であれば、僕は中国には行ったことがある。しかし、そもそも通貨が異なる。中国行きの、ましてコードシェアであれば、それなりにアジアな喧噪を想像したが、そうでもない。中国本土行きに比べれば、乗客の民度というかお行儀は格段に良い。持ち込む荷物の量も少ないし、席を隔てたおしゃべりもあまりない。本土と香港は一つの国だとは言っても、租借の期間に歩んだ道のりの差異が、そういう所にも出ているのだと思う。もちろん、隣に座った香港人はヘッドフォンを付けず、大音量で iPhone で撮影した日本滞在中の動画を鑑賞している。

それも、まあ、そういうもんだろうと思うのは、僕が少しアジア圏のスタンダードに慣れたからなのかもしれない。


朝は、いつものように、少し早めの空港行きのバスに急いで乗った。こういうのは、勢いが大事で、迷っていたら永遠に荷造りなんて出来ない。バスの一番前の席に座って、曇り空の一日が明けていくのを眺める。毎日、日本から旅立つ人と、海外から降り立つ人を、運びつつけている運転手は、どんな気分でいるのだろう、という、いつもの疑問を頭の中で転がしながら、前を見つめる。

幕張を過ぎたあたりで、高速道路沿いにぼた山が見えてくる。厳密にはそう呼ばれるものでは無いのかもしれないが、僕のイメージではそれはぼた山だ。ただの建設残土の塊だった山に、数年で樹木が生えて、いまは少し山っぽくなってきた。張りぼてのミラコスタの壁を眺め、グランドオープンと書かれた、眩しい照明看板を掲げるラブホテル(午前6時だ)を通り過ぎ、一面の水田とそびえるゴミ焼却場。

誰だ、成田に空港を作ろうと考えたのは。

(震災前の文章)

「天皇陛下、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」

「天皇陛下、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」

いわゆる、ホンモノの万歳三唱を実際に聞いたのは、初めてだった。集団の中の個としての高揚感。小学校の運動会の歓声、あえて言えば、それが一番近い。

この高揚に包まれて、流されないで居るのは、とても難しい。それが、率直な感想だ。

バンザイなんて、記録フィルムの中でしか見たことが無い。それが突然、目の前に現れたことに、僕はびっくりしていた。もちろん、自分は一般参賀に来ているであって、ここはそういう場所なのだが。


一般参賀の行き方は、実に当たり前のことかもしれないが、宮内庁の Webサイトに書いてある。天皇誕生日と新年の年2回。いずれも予約は不要、自分が行きたい時間を選んで、ただ行くだけ。最寄り駅は東京メトロ 二重橋前。そう、もちろん二重橋だ。いつもタクシーで通り過ぎるだけの皇居の前に、今日は地下から階段を上がっていく。変な気分だ。

日の丸の旗は、歩いていれば誰かがくれる、と思ったらもらいそびれた。テレビで見る限り、あれだけ人々が振っている旗なのだから、組織的に配られていると思ったのだが、どうもタイミングを逃したようだ。


二重橋の前の広場に、仮設の手荷物検査場が展開してる。システマティック。手ぶらでボディーチェックを受ける。ここに来ている人は、特にどんな感じ、というのでは無い。祝日のデパート、と言っても別に違和感は無い。右翼でも左翼でもなく、普通、とっても普通。

そのまま、ぞろぞろと宮殿に向かって歩いて行く。よく見ると、それっぽい団体の方々は、巧みに警備が誘導して、周辺部に集めているように見える。

バンザーイ、自体は数分の出来事だ。実は、その後、皇居東御苑を散策したり、おみやげを買ったりする事ができる。そういえば、冬の澄んだ広い空も、思い切り眺められる。東京のど真ん中に、広い広い、空が広がっている。