日本人専用ガイドで行くJSAツアー

Photo: "The 38th Parallel."
Photo: “The 38th Parallel.” 2016. South Korea, Richo GR.

今をときめく板門店を訪れることができる、通称「JSA ツアー」もいよいよ大詰め。早朝に集合させられて、洞窟の中を這い回り、監視台からはるか北の領土を眺め、板門店で命の保証は求めない書類に署名し、もうお腹いっぱいだ。JSA から延々と漢江沿いに下って、やっとソウル市街に戻ってきた。

さて、このツアーでは英語客と日本語客が同じバスに乗っていて、ガイドがそれぞれ別についている。両方聞いていると、どうも喋っている内容が全然違う。英語版は比較的スタンダードな観光案内。日本語版の方は相当フリーダムで、息子が徴兵された時の話なんかもしている。

JSA 入境時の諸注意についての説明も、ちょっとディテールが違う気がして気になったが、そこはケンチャンナヨ。


ツアーの最後を、英語ガイドは、「いろいろ不便な事もあったと思うけれど、他に無い体験だったよね。んで、もうすぐ朝集合したホテルに着くけど、ここは市の中心街だからいろんな所に遊びに行けるよ!夜遊びに繰り出したい人達にオススメなのは、、。」と至って軽い感じでまとめた。

で、その夜遊び情報を日本語訳してくれるのかと思ったら、日本語ガイドは「この半島では、多くの家族が引き裂かれて暮らしています。その祖国統一の思いを、皆さんも日本に帰ったら思い起こして、、」とまぁ、全然内容が違う重苦しい100%予想できた展開の締めくくりがセットになっている所までが、このツアーのハイライト。

韓牛なるもの

Hanwoo.
Photo: “Hanwoo.” 2016. Seoul Korea, Apple iPhone 6S.

やっぱり韓国では毎日焼肉なの?という今から考えれば無邪気で、いささか失礼な僕の質問に、いや、豚(サムギョプサル)が多いかな、と現地の同僚は答えた。それは、もう15年ぐらい前の話。

その頃食べた韓国の牛肉は、恐らくはアメリカからの輸入で、いかにも赤身の噛み応えを重視したU.S.ビーフだった。それは、今になって思えばの話で、当時の僕は韓国の牛肉を絶賛している。今読むと恥ずかしい話だが、それも15年の歴史。

そして最近、新たなる韓国ブランドの牛が台頭しつつある。恐らくは、和牛の遺伝子を受け継ぐという(どうやってそれを入手したのか?という話題にはあえて触れまい。。)噂に高い、韓牛というものを食べに行ってみよう。


とは言ったものの、韓牛はあまり流通が無いらしく、どこでも食べられる訳では無いようだ。ソウル駅から電車に乗って水原駅へ、さらにタクシーに乗って、やっとたどり着いた韓牛の店。見た目は、いかにも流行っていそうな焼肉屋、カボジョンカルビ。

店の佇まいは日本の韓国料理屋と同じ。いや、日本の韓国料理屋がよく本場を真似ていると言うことか。毎度お馴染みのチリチリパーマのおばちゃん達が、テキパキとお膳の準備をしてくれる。そうして、並んでやってくるおかずが、種類も多くて美味しい。

韓国企業に勤務経験のある友人は、水キムチを絶賛している。なんというか、目の付け所が玄人筋だな。あと、唐辛子まみれの沢蟹みたいなやつが、美味かった。

メニューを見ると、普通の牛に比べて、韓牛は別格の値づけになっている。しかし、このためにわざわざここまで来たのだから、迷わずオーダー。


韓牛、焼く前の見た目は、あんまり馴染みのない肉の色。少し黄味がかかってる。サシの入り方に、その祖先を感じる。これまたお馴染みの、でろーんと長いカルビの形でやってきて、チリチリのおばちゃんがテキパキと焼き、ひっくり返し、焼き、切り刻む。

切り刻まれた韓牛は、もう、いつもの韓国焼肉になっている。神戸牛が、アメリカでステーキにされるように、かように、文化は素材を圧倒するものか。

韓牛の味は、あんまり覚えてないけど、だいたい和牛かも。お会計は、二人で110,000 wonなので、まあ安くは無いが、高くも無いね。

北朝鮮の宣伝放送

Photo: “Dorasan station.”
Photo: “Dorasan station.” 2016. Paju-si, Korea, Apple iPhone 6S.

38度線付近、都羅山駅。

開城工業団地に通じる線路、向こう側にはGoogle Mapsが何も表示しない空間が広がる。南北朝鮮の関係悪化に伴って、団地は操業を停止している。だから、この線路に列車が走ることは無い。

バスを降りたときから、北朝鮮の宣伝放送が聞こえてきていた。この線路が続く先から、聞こえてくる。もっとよく録ってやろうと LINEのレコーディングをONにして、ホームの先に歩いて行った。

南から北に亡命しようとする人は居ない。だから、南側には別にフェンスのようなものは無い。極論すれば、走り抜けてしまえば、あっち側に行けてしまう。行かないが。


歩みを進めると、放送はいよいよ鮮明に聞こえてきた。

「ノーノー」

ホームに出たとき、周りには同行の観光客が何人も居たはずなのだが、振り向くと僕しか居ない。いや、韓国軍の兵士が居た。きっぱりと声をかけられて、兵士に連れ戻された。