IBM は lenovo に何を売り渡したのか

Photo: lenovo のマウスと China Times の買収記事 2004. Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105.
Photo: "lenovo のマウスと China Times の買収記事" 2004. Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105.

IBM が PC 事業を中国の lenovo group に売却。その正式発表は北京で聞いた。薄っぺらい China Times の一面に、lenovo の CEO が笑みを浮かべながら写っていた。それは、PC の歴史の一つの幕引きであり、新しい時代の幕開けだ。IBM の栄光ある PC 事業を、自国の企業が買収する。その誇りに満ちた報道を見て、IBM は自分が何を売り渡したのか、本当に分かっているのか?という気分になった。


IBM にとって、シェア No.1 になる望みがもはや無くなり、技術的なブレイクスルーもほぼ期待できないこの事業を売却するという結論は、今の路線から考えると多分正しい。例えば、 HBR のコラムみたいな場所(!)では肯定的に論評されると思う。収益の低いお荷物部署から、PC 専業メーカーの花形部署への昇格、可能性を秘めた中国資本への転籍。これを、肯定的に捉える従業員も居るだろう。

しかし、良い面ばかりではあるまい。ハードウェアを軽視し、効率が悪いという名の下に、事業をどんどん売り渡す。(どんどん買う、というのもある が)PC 事業さえ売却される、次は俺たちか、残された一部の従業員はそう思っただろう。(この数年、業界に身を置く者なら誰でも、似たような不安を感じているはず だ。もっとも、その程度の刺激に耐えられなければ、もうこの業界に居る資格は無いのかもしれないが)今回、サーバー部門は売却されなかったが、数年後に サーバー部門が売却されない保証がどこにあるだろう。IBM はコンサルティングファームになりたいのかもしれないが、ならば、そろそろ自らの社名を変える時だ。

市場の変化とともに企業が変わっていくのは、それは必要なことだが、自分たちの根底にあるものまで忘れてしまう危険もある。高い報酬、良い待遇だけ では決して買うことのできない、従業員の忠誠心・高い精神性は、従業員に対する尊敬から「しか」生まれない。シェアや売り上げの Excel シートを眺めているだけで、製品やサービスが出来てくると思ったら大間違いだが、どうも「偉くなった人」はそういうことを忘れがちだ。IBM は技術の会社であって、技術で大きくなった。しかし、業界全体の傾向として、いまや誰も技術なんて大事だと思っていない。足りなかったら、買ってくれば良 いと思っている。でも、本当にそうか?ビジネスコンサルティングだけでは、工場のゲート一つ開かないのに。


買収後も企業文化は維持される、という報道を、鵜呑みにする人間は少ないと思う。(何も変わらないなら、売却することも、買収することも無い)環境 が変われば、そこから生み出される製品もまた、変わる。製品は CAD でつくるものではなくて、人がつくるもの。この文章を書いている ThinkPad の後継が、果たしてどんな製品になるのか。ThinkPad はその思想のある種の保守性に於いて、数あるノート PC のブランドの中でも最右翼にあるのであって、そのユーザーもまた、最も厳しい目でこのブランドの製品を見ている。そのお眼鏡にかなう製品を出し続けること は出来るのか。

Excel シートしか眺めなかった時代の Apple の迷走、例えばそんな風になって欲しくない。一人のユーザーとして、そう思っている。


注:北京の量販店を見ると、だいたい lenovo, Sony, IBM が互角に渡り合ってる感じだった。それに、三星が続く感じ。

10年目の羊ページをはじめます

1996年 1月から始めた羊ページ、今年 10年目を迎えます。(10周年は来年の 1月 21日です)

こんなに続くと思わなかったよ。


最初から読んでくれている人、途中から読み始めた人、もう読んでいない人、暫く読んでいなかったけど戻ってきてくれた人。いろんな人が、このページを通り過ぎたり、一緒に歩いたりしてくれたんですね。(そりゃ言い過ぎ)

このページの内容は、別にたいして変わらないような感じかもしれませんが、2004年はこの 10年の中でも、いろいろ変化の年だった気がしています。2005年は、よりリスクをとっていける年にしたいなぁと。そんな中で、日常生活とは少し距離を とっている、この羊ページの「場所」みたいなものは、やはり大切にしたいと思っています。

それでは、10年目の羊ページをはじめます。

ひつじlog年末の一言

9月にはじめたひつじlog。
その不明確な位置づけと、普段のしゃべりにちかい文章が、リアルなお知り合いで無い方には超不評という危険なコーナーとなりました。
宣伝とか殆どしてないのですが、(テキストリンクに少し登録している程度)、それでも6,000hitぐらいしているみたいで、有り難いことです。
続ける理由も無いのですが、やめる理由もないので、もう少し続けてみようかなと、思っております。
でも、自分でblogをこうして書いておきながらいうのも何ですが、blogってやっぱり読みにくい。仕組みとしては、CMSの一種であって、別に blogじゃないものとの、システム的な相違というのは、実はそんなに無い(場合もある)わけですが、読み手からすると読みにくい。
なんでだろう。やはり大きいのは、blogが読者参加型っていう、その利点が、皮肉にも、読みにくさの根本にあると思う。
我々は通常、Webサイトは編集されたもの、として読むことに慣れていて、システム上の仕掛けはともかくとして、スタティックなレイアウトと、モデレートされた内容を期待して読む。でも、blogは、勝手にコメントがついたり、書き手が意図しない位置で省略(more..とか書かれて)されたりする。その、期待(あるいは慣れ)とのギャップが、読みにくさの原因じゃないかと思う。
例えば、BBSみたいなものだと、それはそれで、そういうモードで読んでて、慣れてるから、許容できるわけで。
じゃあ、blogも慣れれば別に読みやすくなるのか?どうだろう。blogが読みやすくなるためには、もう少しシステム的に発達しないとだめな気がする。例えば、今のblogだとコメントなんかは、どこまで自分が読んだのか、よく分からなくなったりする。掲示判なら、割と単純に時系列でわかるけど、複数のトピックがあるblogだと、それこそどこがアップデートされたのか分からなくなったり。そうなると、コメントを読んだりする気もなくなって、ただの読みにくい日記サイトになるわけだ。
自分がどこまで読んだのか、何がアップデートされたのか、そのへんがちゃんとわかるようにケアしてくれる機能、例えばそういうものが、もっと発達する必要がある気がする。
、、。とか、考えながら適当に書いてアップできるという点でblogは書き手には楽。すごく。その分のツケを読者に回さずに、システムで吸収できるのか。インターフェイスは、今のwebブラウザを使うことが正しいのか、、いろんな課題があると思うな。