展示:東京中心

Photo: “Tokyo scenery.”
Photo: “Tokyo scenery.” 2018. Tokyo, Japan, Apple iPhone 6S.

コアタイムの無いフレックス。ルール上、いつ何時に会社に行ったって良いわけだが、平日午前中に会社とは反対方向の電車に乗ると、ちょっとした背徳感を感じる。

六本木ヒルズは、展望台も森美術館も、週末とはうって変わって閑散としている。とりたてて見たい展示があったわけでは無いが、組木で作られた壁面構造の巨大な展示や、木造高層住宅の模型などを面白く見て、それからついでに展望台に行ってみた。


靄に包まれた東京の町並みは、デートだったらいささかガッカリするのだろうが、一人で来ている自分には落ち着いて気分の良いものだった。実際、あまりはしゃいでいる客も居らず、まるで美術館の展示のように、無節操に、重層的に開発された都心の景色が静かに広がっていた。

たまには、この時間に来てみるようにしよう。そう考えてから、未だ実行してはいない。

点滴

Photo: “IV for survive.”
Photo: “IV for survive.” 2019. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

他にやることも無く、ただ点滴が落ちるのを眺めていた。

起きている時は、点滴を取り替える度に名前と生年月日を言わされる。なんだか、収容所の点呼のような気分。病室は携帯も使えるので、ラベルの薬品名を検索して、重症者にのみ適用する上限量が投与されている事を知った。

今の抗生剤の組み合わせが効けば、状況は良くなる。効かなければ、悪いシナリオを考えなくてはいけない。言ってみれば、現代医学の根幹を成している抗生物質が、自分の命の行方を握っていた。なんともシンプルで分かりやすい。


死ぬ準備なんてできてないし、意味もよく分からない。しかし、そんな事はお構いなしに、死というのは自分の所にやってくるようだ。人の命というのは、案外、実に簡単に終わりになるんだな、と思うと、なんとも可笑しい気分になる。とは言っても、最初からあまり悪い方向には考えていなかった。自分の体の中の力は、まだ残っているという感覚が、揺るがなかったからだ。

「触診の時の痛みの感覚を、自分でよく覚えておいてください。良くなっているか、悪くなっているか。それが、とても大事な指標になるので」

いくらセンサーを付けても、CTで画像診断をしても、やはり自分の感覚というのは大事な事のようだ。


コーラ飲みたい、ガリガリ君が食いたい。やや回復して、最初に頭の中を占めたのはその2つだった。水が飲めるようになったときに、医者にコーラが飲めるかどうか訊いたが、即却下された。コーラを飲んだのは、退院して2日目だ。

僕は、正直誰かを見舞いに行ったことなど、ほとんど無いのだが、いろんな人が見舞いにきてくれた。意外に、嬉しいものだ。抗生剤が効くかどうか、まだ先が見えていない時点で見舞いに来たグループは、意外とシリアスな病棟の空気に動揺し、ドンキの看護婦コスプレセット(男女兼用ハイグレード版)をベッドの下に放置して帰ってしまった。

おかげで、僕は看護師にそれを見つけられる羽目になった。

綺麗なのを鼻にかけやがって

Photo: “装う公衆電話”
Photo: “装う公衆電話” 2019. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

「私は綺麗よ、そういう態度をとる女は、好きじゃ無いんですよ。」
と、同僚の一人が吐き捨てるように言った。彼女がそういう態度を取っているのかは知らないが、確かに会社の中で「目立つ」ぐらいには綺麗だ。

僕は、以前彼女があるワークショップで、
「私は、人に好かれるために働いてる訳じゃないんです。だから、嫌われるような事でも、必要ならそれはします。」
と言ったことをよく覚えていた。

たいていの人に好かれる容姿に違いはないのだが、そんな凄い事を言われて、僕は割と驚いたし、ちょっと尊敬した。それは結局のところ、綺麗な人に甘いだけなのかもしれないが。

自己陶酔

Photo: "Kamo river in Winter."
Photo: “Kamo river in Winter.” 2018. Kyoto, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter

自己陶酔って、やっぱり能力で、それは成し遂げたり、這い上がったりするのには必要なものなのだろう。


でも、やっぱりそういうのが全然なくて、素で凄かったあの人が好きだったし、もう、その人がこの世にいないのがとても残念だ。

クズばかりが、生き残るのだ。

2018、最も厳しい試練

Photo: "Flower girl."
Photo: “Flower girl.” 2018. Hokkaido, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujinon XF23mm F1.4 R, Velvia filter

何が間違っているって、僕に結婚式の主賓スピーチを依頼する事ほど、間違ったことは無い。

一体、独り身の僕に何をスピーチしろと言うのだ。僕はあなたの信頼できる元上司かもしれないが、結婚生活の先輩では無いのだ。散々考えたが、僕がアドバイス出来ることは何も無い。もう、アレしか無い、3つの袋の話だ。

  1. 給料袋
  2. 堪忍袋
  3. そして、死体袋

いや、ダメだ。プーチン結婚式スピーチとか、その方向性では一生恨まれる。全く骨子が決まらないままに、グダグダと現地まで来てしまった。すすき野のホテルにタブレットとBluetoothキーボードを持ち込んで、悩む。

いや、結婚式だと思うから書けないのだ。プレゼンテーションだと思えばいい、新郎新婦という商品をお客様に紹介し、いかに前途に有望なロードマップが広がっているかを説明すれば良いのだ。プレゼンテーションに最も重要なのは、もちろん物語性だ。そのあたりを押さえれば、だいたいスピーチになるんじゃ無いか?


北海道の結婚式というのは、やっぱりちょっと変わっていて、内地から見ると披露宴が二次会と混じったようなカジュアルな感じ。式場の中庭でちょっとしたバーベキューをしたりリラックスした所で、式が始まる。こういう感じなら、プレゼンにも入りやすいというものだ。用意した原稿はちょっとフォーマルに過ぎるので、少し砕けた感じでやればいいだろう。

全員着席。主賓のスピーチの前に、旦那の祖母から一言。ではなく、得意の詩吟を一節。詩吟?ちょっと待って、プレゼンの前に詩吟。からのプレゼンテーション、難易度高すぎ。