臨界の日

その日、僕はいつもと違う窓から、空を見上げていた。開け放たれた窓から、ひんやりした初冬の風が吹きこんでくる。見慣れぬ部屋、かぎなれない空気。どこかで見たことのあるような、ベランダの向こうの街並み。部屋を吹き抜ける、光を含んだ風。

臨界事故を起こした核燃料工場からは、その日も、放射性物質が流れつづけていた。50年前、二十代の科学者達が、無邪気につくり出した核の炎。そいつは、初めて人を焼いたこの島の上で、コンクリートの容器に閉じ込められ、人々の生活をささえていた。そいつが、牙をむいた。

空は高く、雲が薄く流れていた。ここは、事故の現場に少しだけ近い、、。そう思うと、一瞬鼓動がはやくなった。

「ちょっと出かけてくるわ」
「ああ」

そう答えて、僕は窓のそばを離れる。読みかけの小説をもって、部屋に不釣合いなくらいおおきなソファーに腰をおろした。何度も読み返した小説。文字に目を落としながら、息を吸い込んだ。その日は、肌に触れる大気が、気持ちよかった。

光が力を失って、部屋の中は薄暗くなり、小説の文字はくろい染みのようになり、やがてそれも分からなくなった。彼女が帰って来たときも、僕は部屋中 の窓を開けっ放しにしていた。夕闇は、すでに濃くなり、空気はカラカラに冷たくなっていた。その部屋で、僕はぼんやりと座っていた。

「バカ」

僕は、鼻かぜをひいた。

注:この作品はフィクションです。

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