「時の流れ」

Connaught Place
Photo: “Connaught Place” 2013. New Delhi, India, Richo GR.

「時の流れ」

なんていう手垢のつきすぎた、陳腐なフレーズの、下衆な歌詞がよくあるが。

ここでは時は、さっぱり流れていない。

いや、流れているのかもしれないが、そのまま海に流れ落ちて、雨雲になって、ものすごい勢いの雨となってまた元来た場所に降り注ぐのだ。


インドでは毎日雨が降った。

倦むことなく、惰眠をむさぼる犬の上にも、物見遊山の僕の上にも。

雨が止むと、草木はびっくりするほど青みを深くして、息を吹き返した。都市は、みっともなく水浸しになり、コンクリの隙間からは赤茶けた粘土が顔をのぞかせた。

倦むことのない繰り返し。流れない。

武漢を過ぎ、デリーに飛ぶ

翼の上の月
Photo: “Moon” 2013. Wuhan, China, Richo GR.

ずいぶん前に武漢を通過した。ユーラシア大陸南側を飛ぶのは、初めての事だ。ここで飛行機が落ちれば、果てしの無い砂漠のただ中に取り残されるのだろう。

空から見る夜景の色は、国によって違う。中国の夜景は紅い。初めて見た北京の街は、街路灯に照らされる曲がりくねった道路が、のたうつ紅い龍のようだった。


武漢。夜の北京のように、巨大な紅龍が、闇の中をのたうっていた。それを過ぎて、また果てしない暗闇が広がっている。

こんなちっぽけな、そしてちりぢりな人間が、地球を壊そうとしているなんて、嘘みたいに思える。


飛行機は西に向かって飛ぶ。月は同じ位置に光りつづけている。翼の凍えた金属が、白銀に美しく輝いている。

今度の旅は、とても嫌な予感がしていた。飛びなれない方角に飛行機が飛んでいる事も、あるいはその目的地も、いままでとは違った緊張感と、ただならない世界に行くのだという、思いが有る。

そういう感触が、旅の本質なのかもしれないが、いつまでそういう事が出来るのかな、とも思う。デリーまでの時間は、映画二本で思ったよりも速く過ぎる。トム・クルーズが、衰えない姿で、滅びたニューヨークを走り回っていた。