ザ・カフェ飯

Photo: ザ・カフェ飯 2004, Tokyo, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
Photo: "ザ・カフェ飯" 2004, Tokyo, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8

たまたま入った喫茶店は、壁一面が本棚。それも、表紙のデザインだけで並べているのではなくて、読んで面白かった本を並べている感じ。ハードカバー の『ボーイング 747 はこうして空中分解する』を読みながら、ランチを食べたいという人が居るのかは分からないが、なかなか面白い。

白基調の明るい店内、ちょっと広めのテーブル、値段は抑えめ。雨後の竹の子のように増えている安易なカフェと言うよりも、一段、ちゃんとしている様に思う。だから、へんぴな場所にある割に、混んでいる。


『漁師の食卓』の鯛の目利きの方法を読みながら待つ。出てきたのは、ザ・カフェ飯、みたいなプレート一緒盛り(別名:犬ご飯)だったけど、実はちゃんと美味しい。本当はハンバーグを頼んだのだけれど、
「鶏の足丸ごとというショッキングな料理だとは思わなかった」

という理由で、鶏のプレートを前にげんなりしていた知人と交換。しっかり煮込んだ鶏の足は、最初テーブルにナイフがないことに戸惑うものの、箸で十 分に扱える。皮がついているのが偉い。コーヒーはともかく、お茶の類に信じられないぐらい手を抜く店もあるが、食後のハーブティーも、香りよく感心させら れた。

ちょっと変わってるけど、ちゃんとしてるね。

キャンプの朝、おにぎりを焼いてみる

Photo: むりやり焼きおにぎり 2003, Saitama, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
Photo: "むりやり焼きおにぎり" 2003, Saitama, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8

キャンプの朝。夜はえらく寒かった。

とりあえず火をおこして、お湯をわかす。紅茶入れろとは言えないので(コーヒーは好きじゃない、むしろ嫌い)、皆に合わせてコーヒー。ただし、僕のは牛乳コーヒーだ。

網の上に、行きにスーパーで買ってきたバターロールをのっけてみる。直の炭火でパンなんか焼いてうまいのか?という声もあったけど、割と美味しい。

どっかの高級リゾートホテルの「離島ピクニックツアー」でも、焚き火に金網を渡して長いバケットを焼いていたから、まあ間違ってはいないんだろう。焼き加減は難しいけど。


昨晩の残りのご飯も、おにぎりにして焼いてみよう。最初は、誰も食べないっぽい感じだったけれど、握って焼いてみたら、意外といけそう。醤油や塩が何故か見あたらなかったので、味付けはやむおえず「味塩こしょう」。多分胡椒は合わないが、まあ、細かいことは気にしない。

美味い、割に。胡椒の香りは、かなり分かる。合わない。

Macintosh 20周年

Photo: Blackbird 2004. Tokyo, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
Photo: "Blackbird" 2004. Tokyo, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8

Macintosh 20周年、よくもった、と言うべきか。(実際、何度もやばくなってきたし)僕自身、今は 100% Windows で作業しているのだが、このページは開設当初(System 7.5 の頃)は、 Mac で作っていたし、伝統的に Mac でも見られるデザインを守り続けている。それに、このページの読者の Mac 率は、世間のシェアから考えると、3倍ぐらい多い。そんなこんなで、比較的 Mac には肯定的だ。

しかし、どうしても最近の Mac にはキビシイ目を向けざるおえない。それには理由がある。もちろん、菊池桃子が許せないとか、QuickTime pro が有償でけちくさいとか、透明 + 白はもう飽きたとか(だからって、斑に塗ってはいけない)、ロジカルな理由も沢山あるわけだが、根本的な理由は、「奴らには裏切られた」からだ。


世間が、まだ Win95=Mac87 とか言って浮かれていた平和な時代。全ての技術に於いて優れていた(と信じられていた)Mac は、世界を制覇すると言われていた。少なくとも、ユーザーはそう信じていたし、僕も信じていた。(例え、それがネタであったとしても)毎月、重い Mac 雑誌を買い、友達の PC と互換性のないアプリケーションを買い、高い周辺機器にも耐えた。世界一だと思っていたからだ。それがなぜかありあわせのチップとパクリ OS で作った卑しい卑しい IBM PC + Windows に勝てない。日本語とか非英語圏でちゃんと使えるようになればきっと勝てると信じた。でも、全然だめだ。Mac は高いから皆が買えない、ということで安い Mac が出れば、きっと勝てるに違いない。だから安いのが出た、互換機もあった。でも、ダメ。シェアは、消費税かよ、というぐらいに落ち込む。

そして、全ての希望を背負って、新しい Mac OS 開発の報がもたらされる。君は覚えているか、コードネーム Copland。それは、もはや禁句なのか?でも、Be OS をベースにするとか、NeXT がベースだとか、なんだかんだと言いつつも、ちっとも OS が出ない。そうするうちに、Windows は、完全にカーネルから書き換えた NT 系が主流となり、いつの間にかLinux が世界を席巻し、もはや Mac で世界制覇などということを信じている人はいない。(居る?)いや、ジョブズは信じているのかもしれないが。

優れているから勝てるんだ、そう言っていた奴ら出てこい。お前ら、ちゃんと今でも Mac なんだろうな。Windows の Note PC で快適に過ごしたりしていないだろうな?DTP と音楽は Mac に限りますよね、と言っていた奴ら、Windows で Photoshop を使ったりしてないだろうな。第一、Apple、ちょっと前の Windows とも簡単につなげますキャンペーンはなんなのだ。Windows は滅ぶべき、哀れむべき、パチモノではなかったのか。世界を制覇するっていう約束は、どうしちゃったのだ。ん?誰も約束してない?

ということで、非常に自分勝手な思いこみの結果、僕はいまいち Mac を信用できないのである。信じた分だけ傷は深いというか、裏切られた子供達は、ひがみっぽいのだ。


さて、そうは言いつつも、うちには Mac が 3台ばかりあったりする。でも、別に実用としては使っていない。全部、今となっては爽やかなぐらい遅い 68K Mac だし。中でも、最近入手した PowerBook 550c (1995年発売) は気に入っている。当然、僕が大嫌いなタッチバッドなのだが、これが凄く使いやすい。コストとか度外視(まで行かないまでも、コストプレッシャーは今より かなり小さかったはず、だって定価 70万円だよ)すると、こんな風に使いやすくなるのかと思う。まあ、今見ると「ドッグからはずさないと」って、コレ全部で本体か!というぐらい、分厚いし、凶器になりそうな巨大な AC アダプタがついていたりするわけだが。でも、新しい Mac はあんまり欲しくない。今は、自分の中での優先順位として、道具を開拓するよりも、もっと別のことに時間を使いたい、というのが多分一番大きいのだと思う。道具?そう、もうコンピュータは道具になってしまったんだ、、。


注:いまいち、PB 550c のコードネームと定価が怪しい。google さんに訊いても、あんまり確固としたソースが無い。