アクセシビリティー

Photo: 1998. Saipan, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38
Photo: 1998. Saipan, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38

前回の今日の一言では、「いろんな人が、いろんなブラウザで見られるページをつくってはいかがか」ということを書いた。じゃあ、具体的にはどうやるのだ、というのが今回の話。


とりあえず、簡単に自分のページのアクセシビリティーを測るには、出来合いの文法チェッカを使うのが良いだろう。例えば、Another HTML-lint を使えば、自分のページが、どの程度 W3C, WAI その他の勧告に準拠しているのかが分かる。

実は、最初に羊ページを採点させてみたら、エラーが 200ヶ所・得点 -300点と、惨憺たる結果。「HTML 洗って出直してこい!」ぐらいの勢いだ。抱いた感想は、「こんな机上の空論みたいな、アホ規格に準拠させたって仕方ないだろ。ブラウザ上では、今のコードでちゃんと見えてるのに、なんでこんなに点が悪いんだボケェ!」

でも、冷静に考えてみれば、当のブラウザは「机上の空論みたいな、アホ規格」の方に準拠しているのであって、間違っても僕に準拠しているわけではな い。僕が適当に書き上げたコードがきちんと表示されているのは、むしろ、たまたまという割合が高いのである。で、山ほどあるエラーを、一つ一つ潰していくと、確かに綺麗なコードになるし、互換性も(いくつかの例外を除けば)落ちない。前述の Another HTML-lint を運営する石野さんが FAQ で書かれている「文法よりも、内容が大事なことは明々白々ですが、文法を正したからといって、内容が損なわれることはありません。*1」というのは、まさ しくその通りだと思う。

ということで、最近、徐々に羊ページを書き直し中だ。羊ページは、フレームのタグも無い頃からつくってきたので、未だあちこちに(文字通り)前世紀 の遺物と言うべきコードが残っている。今となっては誰も使っていない Netscape Navigator 1.0 用のコードとか。


さて、文法のチェックというのは、あくまで HTML の話で、サイトのデザインとなると、これは何かで自動的に判断するというのは難しい。むしろ、余計なお世話と言っても良い。文字のポイント数の固定程度の ことは、ちゃんと文法チェッカがひっかけてくれるので良いのだが、サイトの構造とか、配色とか、そういう部分はやはり個人の主観が大きいし、むしろそこは 各自が「勝手にやる」べきだろう。それに、サイトというのは、割と最初の頃はいろいろ豪華絢爛にやってみたりもするものの、やがて枯れてきたりもする生き物なので、一概に「こうあるべき」なんて事は言いようがない。

ただ、絶えず自分なりに改良していくことで、なんとなく自分のスタイルにあった、なおかつ、訪問者のことにも気を配ったものが、作れるようになって くる気はする。最近ではホームページのトップに「ようこそ」と書くのはなんとなく恥ずかしい感じではあるのだが、そういう「もてなす感覚」みたいなもの が、今はむしろ必要なんじゃないかと思う。


最後に、右上の写真は、サイパンの日本人向けラーメン屋。いくら「もてなし」と言っても、ここまでユーザーフレンドリーだとかえって嫌だろ、という例。立っている男は紛れ込んで写った現地ガイドで、作者ではない。なんとなく載せた写真なので、特に意味は無い。「やしがに」が入荷しているらしい。


*1:引用 [Another HTML-lint][FAQ], 石野 恵一郎, Jun 06 1999
注1:机上の空論みたいな、アホ規格:真に受けないように。
注2:「コード」というほどのモノか、という気もするが、「タグ」でもないよなぁと思う。
注3:チェックとか一切してないのですが、トップに「ようこそ」って書いている方、ごめんなさい。
注4:もて‐な・す【持て成す】#3 歓待する。ご馳走する。平家物語11「御前へ召されまゐらせて、御引出物をたまはつて―・され給ひしありさま」。「心づくしの料理で―・す」[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]

ページのデザイン

Web は、表現の道具であって、表現そのものではない。だから、まずは誰にでも見やすい Web であるべきだ。最近、使用するブラウザをちょっとマイナーな Opera に変えてみて、改めて、そんなことを考えた。(このページも、Opera 用にちょっと直すはめになったのです)

僕がこのページのデザインを決めるときに、まず念頭に置くのは、手があまり自由に動かない友達のこと。要求されるクリック数・カーソル移動量は極力 少なく、リンクの場所は明確に。操作すべき場所は左側に集めて、、。そんな配慮と工夫は、もちろん手が自由に動く人にとっても快適なはず。

あるいは、字の大きさ。Web の情報の基本は文字、人によって快適に感じる大きさも、使用フォントも、アンチエリアシングの有無も、まるで違う。だから、羊ページでは、フォントに関し ては、一切、絶対値による指定を行っていない。大きさや行間などは、全て、相対値で指定し、使用フォントもユーザーの設定が適用される。ただし、この場 合、どんなユーザー設定の状態に於いても、デザインやレイアウトを維持できるように注意する必要がある。


Web というのは、建築に似ている。デザインは、機能性と表裏一体であり、美しい Web デザインは、美しい機能性と密接に関係している。建築にはアクセシビリティーという概念があるが、これは Web にもそのまま当てはまる話である。幸いにして、個人が行う程度の Web サイトの構築は、現実の建築に比べれば遙かに少ないコストで、いろいろなことができる。手間さえ惜しまなければ、様々なブラウザでの閲覧をサポートさせた り、多様なユーザー設定に対しても見た目の美しさを保つようなコーディングをすることができる。

まずはその手間をかけてから、自分なりの表現をしてはどうだろうか。ロッククライマーしか入れないような建築にしてしまうのか、あるいは、いろいろな人が、自分なりのアプローチでくつろげる建築にするのか。それは、ひとえに管理者の手腕にかかっている。

注1:羊ページは、Lynx から Opera に至るまで、多種のプラットフォーム上の多種のブラウザから閲覧されることを前提としているが、限界もある。特に手元の環境では、Mac からの閲覧をチェックできないので、もしおかしかったら教えてください。
注2:「ユーザー CSS で強制的に設定すればフォントは好きに変えられる」という意見もあるかもしれない。しかし、実際には、文字を拡大してもちゃんと見られるように最初からつくっておかないと、レイアウトが崩れて閲覧は難しい場合が多いと思う。
注3:羊ページでは、読みやすいという理由から、文字の大きさに対する相対値で行間指定をしている。ところが、「行間が空いていると読みにくい」という人 も居たりするので、やっぱり難しい。今のデザインは、2年以上かけて改良してきたものだが、それでもまだ問題は残っている。
注4:「(一部のブラウザで)ウインドウ幅が狭いときに、写真と文字が重なってしまうのは回避できないのか」とのご指摘があります。散々、試行錯誤しているのですが、現状、回避策は見つかっていません。申し訳ないです。
注5:マルチプラットフォームサポートには、技術力と知識が必要な場合もあり、閲覧対象環境が狭いからと言って、一概に非難できるものではないと思ってい る。実際、W3C 勧告に従ったから良いというわけでもなく(ブラウザ毎の実装状況があまりにも違う)、実地にテストしないといけないので、とにかく難しいし疲れる。
注6:本稿は、特定のサイトについて非難しているものではありません。また、サイトのデザインポリシーに関して、何ら意見を押しつけるものではありません。

すり減るのが恐い

Photo: 2001. Tokyo, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/35, Knodak Ektachrome DYNA 200, Dimage Scan Elite(Digital ICE)
Photo: 2001. Tokyo, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/35, Knodak Ektachrome DYNA 200, Dimage Scan Elite(Digital ICE)

「感性がすり減るのが恐い。自分が、何も感じなくなっていくことが恐い、、。」

その日、僕はいくらか酔っていて、安居酒屋のラミネートされたメニューを眺めながら、そんなことを言っていた。


このページに、何度も書いていることだけれど、人は慣れる。どんな辛いことも、どんな楽しいことも、どんな新しいことも、やがて慣れる。仕事も、生活も、だんだん慣れてくる。いろんな事は殻に覆われて、辛くもなく、楽しくもなく、なんでもなくなってしまう。

あるいは、人には、何かが出来る季節、みたいなものがある。少し前まで、そういう季節が失われるなんてことは、想像することもできなかった。でも今は、自分にひらめきみたいなものが失われ、日常に埋没して、なんとなく生きていってしまうのが、恐い。

信号機が、パッと赤に変わるように。あるいは蛇口から最後の一滴が落ちてしまうように。ある日、全ては、手の届かない記憶になってしまうんじゃないか。


いろんな痛い思いをするのは嫌だけど、何も感じないのは、もっと嫌だ。僕には変わりたい部分もたくさんあるけれど、変わりたくない部分もある。時間が、無情にそれを奪ってしまうことが恐い。

昔は、大人になるまでの年月を数えていたけれど、今は、残された人生の年月を数えている。そんな転換があって、こんなことを考えるのかもしれない。


いずれにしても、その居酒屋で蛸山葵をつつきながら口をついて出た不安は、未だに僕をとらえている。あるいは、その不安すら、失う日が来るのかもしれないのだが。

注:ラミネート【laminate】合板にすること。また、プラスチック‐フィルム・アルミ箔・紙などを重ねて貼り合せること。「―‐チューブ」[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]