十七歳の地図

「オザキが来てるっ!」

病棟がにわかに騒がしくなった。入院しているプロデューサーのお見舞いに、オザキユタカがやってきた。その時、僕はまだ中学生だった。

198X.2.24

有名人らしかったから、サインをもらいに行った。病室に色紙などあるわけはなく、僕がさしだしたのは、コクヨの罫線付きレポート用紙。その薄っぺら い紙に、彼は快くサインしてくれた。「名前は?」彼は、僕の名前と日付を書き込んだ。入院している子供を励ますミュージシャン、というと聞こえはいいけれ ど、僕はオザキユタカが何者か知らなかった。そして、彼の音楽を聴く事もなかった。

199X.6.22

大学のサークルで、カラオケの時にオザキユカタを歌った友達がいた。テレビ画面に滲んだ「作詞・作曲 尾崎豊」の文字が、病院での記憶と結びついた。ああ、これがあの人の歌か。

それから何年も、僕は尾崎豊の曲を聴いてきた。傾倒、というのとは違う。僕は、彼のように生きたいとは思わなかったし、カッコイイとも思わなかっ た。しかし、自分が一番見捨てられていると思ったとき、自分で自分自身にさえ愛想が尽きかけたときに、心に届いたのは、彼の歌だった。他の誰でもなく、彼 の歌だけが、届いた。芸術には、もしかしたら人を助ける力があるのかもしれない。そんな風に思った。

2001.5.27

「17歳の地図」は、尾崎豊のファーストアルバムである。収録されているもののほとんどが、尾崎豊の代表曲になった。後年、本人をして、「デビュー作を超えられない」と悩ませたアルバム。

あれから、10数年。尾崎豊の歌は、今も流れ続ける。世間の評価はいろいろあるし、彼の歌に決して共感することのない人も、沢山いる。それでも、彼の歌は消えていないし、今日でもなお街角に流れ、そして誰かの心に届いている。

cocco: サングローズ

Photo: contax T2
Photo: contax T2

旅先に持っていく音楽は、自分が本当に聴きたい音楽。

その夏、南の海を見ながら、僕が聴いていたのは彼女の歌だった。その時、僕はまだカセットテープのウォークマンを使っていた。悲しい歌が多かった、でも落ち着くことが出来た。

熱に浮かされたような季節で、僕は今よりも少しだけ若く、そして、脆かった。彼女の歌の脆さが、僕を惹きつけたのだと思う。


今度の Cocco の、最後のアルバムには、光が入っている。歌は、もう悲しくない。

歌うことが、自分を癒すための何かだったとしたら、その意味での歌というのは、彼女にとっては、もういらない。そういう、ことかもしれない。

いつか、また、別の形で彼女に会えるといいなと思う。

あゆ

都内某所のクラブで、I.W.Harper の、やけに濃い水割りを飲んでいた。隣に座ったのは、ついこの間まで音響関係のアシスタント・ディレクタをしていたという 20代半ばの女の子。
「どんな音楽、聴くんですか?」

と訊かれて、とっさに
「あー、あゆ」と答えた。
「うげ、めちゃめちゃミーハーじゃないですか」


まあ、別に嘘じゃあない。僕は結構あゆの曲が好きだ。ちゃんと聴けば分かるけど、彼女の CD は、どの曲にもたっぷり金がかかっている。

聴かせるフレーズがふんだんに織り込まれ、キャッチーな音色を使って編曲され、ボーカルは芸術的に加工され、全て計算し尽くされている。しかも、 フィニッシュのマスタリングは、平均的で安っぽいオーディオで再生したときにフラットになるように、明らかに操作されている。いわゆる、いい音ではない が、売れる音なのだ。そういうのは、別に不愉快だとは思わない。

あるいは、彼女の歌詞を批判する人もいる。自分の事しか歌わない、身の回りのことしか歌わない、そんな批判だ。でも、久しぶりに歌詞を批判される歌手が出てきたこと自体が、僕には嬉しい。


そういうわけで、僕はあゆの曲が結構好きだ。それにしても、
「あゆだなんて、もろに世間に流されてません?」
「う、、うん(しまった、この子が元業界関係者だってことを忘れてたよ、、)」

注:別にあゆだけ聴いてる訳じゃないです。
注2:「あゆは歌が巧い」とは一言も言ってません。