生き残れない人々

うちの近所に、橋の撮影スポットが有る。毎日毎日、プロもアマも、コンデジから本気一眼デジまで、いろんな機材を持った、いろんな人々が、ただ一種類のフレームを目指してやってくる。

写真を撮る、そして何かそれを作品にする、という意味においては、まったく無意味だ。少なくとも、何か創作を志そうというものが、雁首を揃えて一斉に川面にレンズを向けるなんて、何の意味があるのか。


実は、この橋には、その下を潜る通路がある。そこから眺める景色は面白い。橋の両岸には長いリバーウォークがあって、そこから橋自体を見ることも出来る。いくらでも、自分の視点を入れられる。

なのに何故、同じ立ち位置で、同じような写真を撮りたいのだ。趣味?だったら、何も失うものは無いのだから、自分の視点を大事にしたらいい。プロ?だったら、凡庸の素材集みたいなフレームを撮るな。そう、どっちにしたって、そんな所でカメラを構えるなよ。

でも、そんな光景を見れば見るほど、成功できる人が一握りな理由が分かる。誰も、そこから抜け出るちょっとした勇気も、心の自由さもないのだ。それをもった少しの人が、やっとどうにか、スタートラインに着ける。そういう事なんだろう。

眠れない午前二時、でも焦らない

Photo: “A view from a corridor in Las Vegas.”
Photo: “A view from a corridor in Las Vegas.” 2015. Las Vegas, U.S., Apple iPhone 5S.

出張最終日、眠れない午前二時。でも焦らない。

横になっているだけで、だいぶ違うからだ。


横になっているだけでだいぶ違う、初めてその言葉を聞いたのは、友達と初めて海外旅行に出発する前の夜だった。社会人になったばかりで、初めての友達三人での海外旅行。前日から、友人の家に集まった。そしてその時は、旅行が楽しみで寝られなかった。

今は、帰れるのが楽しみで寝付けない

夏休みと人生はだいたい似ていると思った

Photo: "Beautiful parasols in Bondi beach."
Photo: “Beautiful parasols in Bondi beach.” 2016 Sidney, Australia, Richo GR.

ふと、人生は夏休みたいだな、と思った。そして、もっと早くその事に気がついていたら良かったのに、誰かがもっと早くにそう教えてくれたら良かったのに、とも思った。夏休みは、人生の初期の段階で体験する。だから、それがこれからの人生の相似形であることに早くから気がついていたら、もっと素直にいろんな事を理解できた気がする。


夏休みと人生は似ている。夏休みにはリミットがある。人生のリミットは誰にも分からないけれど、200年生きる人は居ないから、やはり最初から終わりが有る。そして、常にカウントダウンは刻まれ、それが進むにつれて、焦りが増えてくる。夏休み最後の一週間は、けっこう嫌な気分だ。もう楽しいことは先にあまりない。やり残した宿題だけが残っているかもしれない。人生も似ている。

夏休みと人生は似ている。いろんな過ごし方ができるし、毎日はなんとなくくり返されていく。その長いようで短い時間は、やったことだけが積み重なる。1日目に立っていた場所と、最後の日に立っている場所は、やっぱり違っている。沢山の事をする人も、何もしない人も居る。周りがやっているような事をなぞっていたら、なんとなく休みが終わる。そんな夏休みもあるだろう。人生も似ている。

夏休みと人生は似ている。楽しい夏休みもあれば、孤独な夏休みもある。周りの人、家庭の状況、いろんな初期条件や外部要因がそれを左右する。もちろん、自分がどう過ごすかでも、変わってくる。あるいは、意外と自分の手の及ばないところで、物事が流れていってしまう感覚。人生も似ている。

夏休みは何回かやってくる。それに比べて人生は1回で終わり。でも、その分長めの時間が用意されている。