「学校」というのは特殊な場所

会社で働いてみると分かることはいろいろある。「学校」というのはなんて特殊な場所なんだろう、というのもその一つだ。

教師を志す人や、教師として働いている人を揶揄する気はない。しかし、「学校」というところは、「社会」とは少し離れたところにあるものだと思う。そして、「社会」に一度も出たことのない学生が、学校を卒業して、そのまま教師になる。

学生の頃、話が面白くて説得力のある先生は、たいてい一度は別の職業に就いて、それから教師の道へ進んだ人たちだった。でも、教師の大半は、大学や大学院をでてそのまま教師になっているはずだ。そういうわけで、学校には、社会に出たことのない大人たちが寄り集まっている。

ところが、生徒の方は先生よりも最先端の事を知っているし、学校出たまま教師になってしまった多くの先生よりも、いろいろと経験豊富だ。これでは、人間対人間として勝負にならない。生徒になめられるような人間が、どうやって生徒を「指導」しろというのだろうか。

学生時代、間違っても教師に悩みをうち明ける奴はいなかった。教師は信用ならなかったし、役に立つとも思えなかったのである。大半の学生は、同じ事を感じていると思う。信用されず、つかえもしない教師なんて、、、。

ダメな先生をなんとかしなさい。そのためには、教師という職業を、もっと社会に解放された職業にするべきだ。もっといろいろな人がなれて、辞めれて、待遇も良くなくては。腐ったリンゴが嫌なら、木からもいだ方がいい。

で、なんで僕がこんな事を書いたかというと、アホな学校にアホな生徒を大量生産されて、困るのは、やがて彼らを受け入れなければならない我々だからだ。

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